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陽が昇り陽が沈み、夜が訪れ夜が明ける。昼の太陽や夜の月が見られない日もあるけれど、昼(陽)と夜(隠)交互に訪れ続ける。昼と夜.光と影.地上と地下.満ち潮と引き潮.登りと下り.外側と内側.男性と女性.プラスとマイナス.生と死.喜びと悲しみ等々、この世の森羅万象は「陰」と「陽」の相対性があってどちらか一つでは存在しえないのだと、重大発見でもしたように思ったが、万物は「隠」と「陽」で構成されていると、約3千年前の昔から「陰陽思想」として唱えられている古典的.東洋的な考え方だ。
人が[痛][苦][悲]を避けようとすることは消極的な逃避ではなく、積極的に生命を守ることではないかと思うのであるが、物事はコインの裏表(陰陽)の様に片面だけでは存在できないので、幸福だけ享受することはない。
「禍福は糾(あざな)える縄の如し」という言葉がある。
禍(わざわい)と幸福は表裏一体で、より合わせた縄のように、交互に入れ替わりやって来る。不幸な状態から幸福に転じたり、幸福から不幸に転じたりする・・・という意味だ。
禍(災)とは、避けられない災難なので被災するしかない。痛みや苦しみや悲しみ等の傷を受けることになるが、明けない夜はないと災いの闇の中でじっと福に転じる希望を抱いて待ち続けるのであろうか。
私の祖父は、典型的な明治人で気骨ある創業者であった。激動の時代に幾多の「禍」を乗り越えて来た祖父がよく口にしていた教えの代表は、「禍(わざわい)転じて福と成す」だ。
「禍」の対処法は、ネガティブな「禍」に向かい合い、悲観は何も生まないので、ポジティブに乗り越えて行く精神性を持ち、「禍」を積極的に「福」に転換して行く以外に道はないという、経験から至った確信に満ちた生きる姿勢が、「禍、転じて福と成す」であった。
人は、不幸を味わって ・・・ 幸福が何であるかを知る。
人は、失敗した苦い想いが ・・・ 次の成功をもたらす。
人は、失う事で ・・・ 何かを得ることが出来る。
不幸. 失敗. 喪失等の「禍」は「福」をもたらす原資だったのだ。
「禍」こそが「福」の原資であることを悟り、「禍、転じて福と成す」に至れ!