恩は返すな

2018-07-06

人は一人では生きて行かれないので、色々な人の「恩」のお蔭で生きてきたと思うのが自然だ。

自分を育ててくれた親の「恩」がある。

「恩師」や「恩人」も居るだろう。

「恩」は、与え手と受け手があるが、「恩」を与えた方は、

相手を思って、やるべき事をしただけなので「恩」を与えた意識はない。

「恩」を与えたと思うこと自体が「恩着せがましい」ことで、「恩」はあくまでも受け手の問題なのだ。

受け手が「恩」を正当に感知できなければ、

他人から見て「恩を仇で返す」や「恩知らず」な事が起こる羽目になる。

 

私は「恩返し」という言葉の使い方に、何かしっくりこない違和感を抱いている。

オリンピック競技出場が決まった選手などが

「今まで応援頂いた皆様に、恩返しが出来るようにガンバリます」という様な云い方だ・・・

「恩」に報いようと努力すること(報恩)が大事であるが、

それを自分で「恩返し」と云ったのでは「恩着せがましい」。

奉仕型の活動を「恩返しのつもりでやっています」と云う人がいるが 「恩返し」抜きでやった方がスマートだ。

「恩」という過去に背負った負債を「恩返し」という負債の返済活動をしているみたいでカッコ悪い。

「恩返し」をしたいなら、「恩返し」などと口にださず、他人に気付かれないよう、密やかに謙虚にやればよい。

 

そもそも「恩」とは、目上の人が目下の者に対し、

見返りやお返しを求めない献身的支えや援助(精神的.物的.金銭的etc)を行った結果、

目下の者が抱く感謝の感情の事。

目上の(親.恩師.恩人等)はリターンなど求めていないし、期待もしていないので、

「恩返し」など要らないのだ。

お歳暮やご祝儀じゃあるまいし、「恩」をお返しできるとでも思っているのか?

 

自分が子供の頃、親から「恩」を受けたのなら、

自分が親になった時、親がしてくれたことを子供にしてやる。

自分が未熟な部下だった頃、上司から恩を受けたのなら、

自分が上司になった時、上司のしてくれたことを部下にしてやる。

「恩」は、受けた方に返すのではなく、「恩」を次に送っていく。

「恩返し」ではなく「恩送り」が正しい(「恩送り」という言葉を、沖縄教育出版の川畑氏に教わった)。

 

「恩」は返すと元に戻るだけで終わるので、「恩」は元に返さずに次に送る。

「恩」が次から次に伝わり「恩」の連鎖が広がるだろう。

だから、「恩返し」ではなくて「恩送り」なのだ。